Interview対談4

JMAの50周年事業として6回にわたって、様々な業界の方との対談を行う第4弾。今回は、言葉とマーケティングの関係性を研究されている一橋大学大学院経営管理研究科教授の松井先生の研究室にお伺いし、言葉が人々の消費行動に与える影響などについてお聞きしました。松井先生ならではの豊かで柔軟な発想と、わかりやすい解説、そしてウィットに富んだお話に、笑いの絶えない対談となりました。

出席者:松井 剛教授、宮沢 弥栄子

Profile

松井 剛 教授松井 剛
2013年から一橋大学大学院経営管理研究科教授。
2007年から2009年までプリンストン大学社会学部客員フェロー。著書に『ことばとマーケティング:「癒し」ブームの消費社会史』(碩学叢書)、『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』 (集英社新書)など。



宮沢 弥栄子宮沢 弥栄子
大学を卒業後、広告会社のストラテジック・プランニング部門にて幅広い分野のマーケティング戦略立案を経験し、インサイトリサーチ会社を経て2011年から現職。食品・飲料や一般消費財を中心に生活者を理解する多数のプロジェクトに従事。気象予報士の資格を有し、JMAメールマガジンにて「マーケティング気象台」を連載。消費生活アドバイザー。

業界をまたがって広がり、
強化された「癒し」という言葉

宮沢:2014年に行った女子の研究「MROCでつむぐ、コトバの新しい解釈~「女子」を考えるプロジェクトの研究成果を交えて」ではお世話になりました。
あらためまして、松井先生の「ご研究テーマ」を教えていただけますか?

松井:専門はマーケティングで、今は2つの研究を柱にしています。1つが「言葉がマーケットをつくる」というもの。2つめがカルチュラル・プロダクトといって、「おしゃれ」や「美味しさ」など国によって基準が異なる文化的なモノが輸出される時に起きるマーケティングの問題を考えています。最近では、北米における日本産マンガの出版行動について調査しました。こちらについては、今度、本で研究成果をお見せできると思います。

宮沢:最初に着目されて研究された言葉は「癒し」ですよね。

松井:僕が研究者として活動し始めた2000年前後は、世の中に「癒し」という言葉が溢れていました。1999年に愛玩用のロボット「AIBO(アイボ)」や、坂本龍一の『energy flow』が発売されて人気が出ましたが、そのすべてが「癒し」という言葉で表現されていることに興味を持ったのです。

宮沢:当時、人気が出ていた女優も癒し系でした。

松井:通常、ブームはそれぞれの産業の中で起こります。例えば、「たまごっち」はゲーム産業の中で起こったブームです。しかし、「癒し」という言葉が絡んだことで、産業、業界の垣根を越えて世間に一気に広がっていったのです。
こういった現象やマーケティングの分析に「言葉」を絡めた研究が当時、あまりなかったので自分で研究することにしました。おかげで今では「癒し」研究の第一人者です。単に、2人目が出てこなかっただけなんですけどね(笑)

宮沢:「癒し」って言葉自体、それまであまり使われていませんでしたよね。

松井:1998年に『広辞苑』の第5版が出版されていますが、この時は「癒す」という動詞の掲載のみでした。それが10年後に出版された第6版では「癒し系」という言葉が載っていました。1998年以前にはなかった言葉です。なかった言葉が生まれ、広まるなかで、その言葉を使ったマーケティング活動が行われて、ますます言葉が広がっていく、強化する循環が生まれたんです。

アンチの存在が流行を肯定する

宮沢:そういえばその後、反発なのか「癒さない系」という言葉が出てきたのを覚えています。

松井:「反発」は僕の研究の中でも大事なポイントです。世の中には一定数、あまのじゃくで「流行りものが嫌」という人たちがいます。言葉に限らず、何かが世の中に広まると、必ずアンチが出てきます。そして、アンチとの対立構造が生まれることで、ますます広まっていくんです。嫌いな人がいるということは、それだけその言葉のキャラが立った証です。

宮沢:私はその少数派のあまのじゃくタイプです。自分は癒し系ではないという考え方をすることで、自分のアイデンティティを確立させていたかもしれません。

松井:アンチがいるということはそれだけ流行っているということ。流行がなくなったら、アンチもいなくなります。

データと戯れ、
クリエイティブな主観と解釈を導き出す

対談風景

宮沢:では、当社と共同で研究した対象である「女子」という言葉に着目されたきっかけはありますか?

松井:10年ほど前に、同い年の女性の友人がSNSで「私たち女子が」と言っていたんです。「女の子ども(女児)」という意味がある言葉を、あえて大人の女性に対して使ったひねり具合が面白いと感じました。
しかも、「女子会」「女子力」などは、女児に対して使う言葉でありません。この言葉の中に「女を捨てない」などのジェンダー意識を感じました。そして「女子会プラン」といった商品やサービスが出てきたことで、言葉を集めるようになりました。

宮沢:JMAからの共同研究のお願いを受けていただけたのは、なぜでしょうか。

松井:当時、特定のコミュニティで調査をするMROCという手法が活用され始めており、この手法をJMAさんからお聞きした時に、自分のテーマを研究するのにちょうどいいと感じたためです。

宮沢:一緒に仕事をしていてどうでしたか。アカデミックに研究をされてきた中で、我々現場と仕事をしてみて感じたことなどがあれば。

松井:面白いと思ったのは、集まったMROCのデータを単純に納品するのではなく、一緒にデータを見てディスカッションした点です。データが持つ意味についてしっかり議論が交わせたことは、マーケティング・リサーチの会社としては珍しいと思いました。

宮沢:ありがとうございます。実は、50周年企画の中で、JMAの50年を振り返る作業を重ねてきているのですが、ディスカッションをする、徹底的にブレストをするのは当社のDNAのようなんです。ブレストをして皆で知恵を出し合うのは当社の文化になっています。

松井:定性データって、いかにクリエイティブな主観としての解釈を与えるのかが醍醐味ですよね。それがなければ、何の役に立つのかわからない、ただの大量なデータでしかありませんから。そこをしっかりとクリエイトしている会社だという印象を受けました。

宮沢:これは持論なのですが、調査をして結果を出す行為は、結局は自分の中にモヤモヤと漂っている仮説をアウトプットする作業なんだと感じています。私は気象予報士や、消費者生活アドバイザーなどの資格をいくつか持っており、そういった雑多な知識が集まって、調査結果という刺激が来た時に言語化してアウトプットしているのかなと。

松井:答えは自分の中にあります。それをどう表現していいかわからないから、すぐに出てこないだけで。一直線に答えに辿りつくのではなく、寄り道や脱線をしながら試行錯誤のプロセスを経て、行きつく。それを僕は「データと戯れる」と言っています。

宮沢:JMAの社員は皆、この仕事が好きなんですよね。一番のミッションは、調査結果をもってクライアントの売上に貢献することなのですが、それだけではなく新しい研究や10年後、20年後に役立つ研究にチャレンジしていけたらなと思っています。

分かりやすい言葉に要約し、マスに提示する

対談風景写真

宮沢:私が今気になっているのが「ゲリラ豪雨」という言葉です。気象用語としては「局所的大雨」や「集中豪雨」が正確な表現であって、「ゲリラ豪雨」はマスコミがつくった言葉なんです。

松井:僕たち素人からすると、「ゲリラ豪雨」ってすごく、わかりやすい言葉だと思います。でも、専門家から見た時に、明らかにおかしい言葉が広まってしまうと困る気持ちもわかります。

宮沢:「ゲリラ」という言葉がつくことで、予測できない、防げないものというイメージがついてしまうことが受け入れがたいです。

松井:人間には認知的な限界があり、知らないものは知っているものに寄せて考えます。「ゲリラ」は分かりやすく、逆に「局所的」は聞き慣れずにわかりにくい言葉です。もし、正しい意味合いを持たせた言葉を使ってほしいのであれば、「ゲリラ豪雨」に変わる、もっとフィットする言葉を専門家がつくらなくてはいけないと思います。

宮沢:「けしからん」で終わらずに、皆が分かる言葉を探さなくてはならないですよね。

松井:言葉は「要約」です。ある程度の意味をそぎ落として表現しています。ところが、専門家は正確さを求めるため、枝葉を落とせません。というか、何が枝葉かわからなくなってしまうんですよね。

宮沢:「全部、大事」みたいな?

松井:要約するためには、本質と本質ではないものを腑分けしなければなりません。そのためには、本質を分かっていないといけないのですが、案外、本質を分かっている専門家は少なかったりします。したがって、うまい言葉をつくれる人は少なくなります。

宮沢:商品のネーミングやキャッチコピー、コンセプトの受容性調査などをするときに、クライアントからすごく長いコピーが出てくることがあるのですが、思いきった要約を考えてみることも必要ですね。

松井:言葉は少ない方が刺さりやすいんです。重要なのは、どれだけ提示したのかではなく、どれだけ伝わって刺さるのか、ですから。

言葉は人を束縛し、一方で気持ちを解放する

対談風景写真

宮沢:「日傘男子」という言葉も気になっています。というのは、私の上司が、50代後半にして日傘デビューをいたしまして。私に日傘を見せながら「俺、日傘男子になったんだよね」と言ってきて、思わず「男子?」と心の隅で思ってしまったのですが(笑)、それはさておき。
「日傘男子」という言葉が生まれていなければ、ここまでポジティブに彼は日傘を差したであろうか、と思いまして。

松井:まず、「男子」という言葉が特長的ですよね。男性であっても年齢に対する観念の変化が見て取れます。
次に、「日傘男子」は、「形容矛盾」している言葉です。「小さな巨人」のように、相反する矛盾した言葉をくっつけた表現で、「撞着語法」ともいいます。この方法は、割と刺さりやすいんですよね。「ラーメン女子」「山ガール」「スイーツ男子」のように逆のジェンダーが使うものを付け、その言葉が生まれることで「やってもいいんだ」と敷居を下げることができます。

宮沢:言葉を生み出したり、考えたりする場合に、「参加しよう」「やってみよう」とポジティブに思える言葉をつくっていきたいと思っているんです。

松井:言葉の使い方として、先ほど出た「ゲリラ豪雨」のような、周知されているものに寄せていく方法もあります。
例えば、「婚活」という言葉。元々は「就職活動」の「就活」から来ていますが、ここから「終活」「温活」「朝活」など様々な言葉が派生しています。この「活」、1文字の表現力がすごいんです。「活」の前にある単語に対して、一生懸命取り組むというのが容易に伝わります。
また、「婚活」という言葉が生まれたことで、「結婚に対してガツガツと行動していいんだ」という肯定が生まれました。「女子会」も同じく、主婦が飲みに行きやすくなった側面があります。日傘男子同様に、「敷居が下がる」現象です。
言葉は人間を束縛しますが、一方で解放もします。裏腹の関係がマーケットをつくっていると思います。

宮沢:ついつい新しい言葉をつくりたくなってしまうのですが、もともとある言葉、知っている言葉を活用するも、表現のひとつですね。

松井:それには、ターゲットが何を知っていて、何を知らないかを理解しておく必要はあります。

 

言語化されていない欲望をとらえ、
課題や解決策を言葉で表現する

対談風景写真宮沢:すでにある言葉に寄せるのと、新しい言葉をつくるのと。どちらがいいのでしょうか。

松井:それは難しいですね。ただ、難易度が高いのはイチからつくる場合です。失敗している例はたくさんありますから。
新しい言葉が成功するのは、背後にあるリアリティをキャッチしている場合です。言語化されていない欲望をとらえることができればうまくいきます。

宮沢:お話を聞いていると、言葉をつくる前に、課題や解決策を「言語化すること」の重要性をひしひしと感じます。

松井:課題に名前をつけると、問題点がわかりやすくなります。それを消費者に示すと、消費者は示された課題を解決しなければと思うようになります。「加齢臭」などはその一例です。
言葉が課題をつくり、課題解決の商材を提供することで消費が生まれます。

宮沢:ある意味、脅かしのマーケティングではありますが、それもひとつの方法ですよね。

松井:しかし、先ほどの「婚活」のように肯定されやすくなります。

ブランドを人格化し、
言葉を導き出しやすくした「ブランドへの手紙」

対談風景写真

宮沢:ただ、もやもやしたものを言語化するのは、実際にはとても難しいですよね。最近、ある製品のブランド価値を探るグループインタビューの中で「ブランドへの手紙」という調査手法を使いました。「○○についてどう思いますか?」と聞いても通り一遍のことしか出てこないので、ブランド・商品を人に見立てて、手紙を書いてもらうのです。

松井:人間の性格を測定する尺度を使ってブランドの個性を図る「ブランドパーソナリティー」という研究がありますが、それに似ていますね。

宮沢:初めての出会いから、今こんな気持ちで、今後どう付き合っていきたいかなどを具体的に書いてもらうことで、こちらが想像もしていなかった意外な言葉出てきました。それこそ、「そんなところが足りなかったの」「そんなところを気に入っているの?」と気付き、おもしろかったですね。一方で、そういった言葉を引き出すことの難しさも感じました。

松井:ブランドや商品を人に見立てて語ってもらうほか、自分がブランドや商品になりきるのも面白そうですね。

宮沢:それは、いいですね。その人がブランドや商品をどう捉えているかが、よりわかりやすいかもしれません。対象によっては、ちょっとガラが悪い演出をする可能性もありそうです(笑)。

松井:そういうネガティブなことは言いにくいため、単純な調査では表面化されにくいのですが、その手法ならわかりやすそうです。
ただ、その手法が成立する前提として、ブランドや商品をパーソナリティとしてとらえても違和感ないくらいに我々の生活の中に入り込んでいることが必要です。

宮沢:そうなると、低関与な消費財などはやりにくいかもしれません。

松井:低関与の消費財でも、なかにはおたく的な高関与な人もいますよ。

語る力があるコアユーザーから
新たなヒントが見つかる

宮沢:コアユーザーの知識量はすごいのですが、リサーチ業界では「できるだけ一般的な人に聞け」という風潮があります。

松井:なるほど。しかし、マジョリティは言語化能力が低いのです。関与が低いので、「○○について語ってください」と言われても、語るほどの執着も興味もありません。

宮沢:ただ、最近ではある程度とんがった人に聞くこともアリになってきています。n=1でも、そこから見つけたヒントを皆がいいと言ってくれればOK。むしろ、例外的な人だからこそ、珍しいヒントが見つかるかもしれないという視点が、クライアントに受け入れられるようになってきました。

松井:コアユーザーやマニアックな人たちは、語る材料があり、語る力もあることが多いのです。しかし、残念ながらオピニオンリーダーにしてはいけません。なぜなら、「変な人」というイメージがあるからです。「この人が使っているなら使おう」と思ってもらえる人をオピニオンリーダーにしなくてはなりません。そこを使い分ける必要がありますよね。

売る側が定義できる、
日本ならではの雑貨文化

対談風景写真宮沢:最後に、今、注目している言葉や、こういう風にアプローチしたらこんなふうに広がるんじゃないかと兆しを感じられる言葉はありますか?

松井:兆しはわかりませんが、今、「雑貨」の研究をしています。「雑貨」は、元々は金だらいなどの荒物・金物を差していましたが、今では色々なものを「雑貨」と呼んでいます。

宮沢:私も雑貨は好きです。

松井:この「雑貨」のパイオニアと言われているのが、1974年に開業した「文化屋雑貨店」です。店主は長谷川義太郎さんという方で、グラフィックデザイナーとして活躍されていたんですが、開業医を営む父親が亡くなり病院を廃業する際に、手術道具やパイプベッドなどを「雑貨」と称して売ったんです。ここから、なんでもあり的な、日本の「雑貨」が生まれました。
「雑貨」って実はぴったり対応する英語がない、日本的な概念なんです。なぜなら、どこまでが雑貨かという範囲設定がないから。売り手が勝手に決めているんです。

宮沢:確かに「雑貨」って気軽に使う言葉ですが、では「雑貨」とは何か、と聞かれると正確なところはわかりませんね。

松井:すべては、解釈の範囲なんです。売る側が「雑貨」といえば、どれも「雑貨」になってしまうんです。飲み物やソファでさえ、雑貨と言えるんですよね。

 

AIにはできない「解釈」を見出す
マーケティング・リサーチ

対談風景写真宮沢:私がよく行くお店には、スポイトやビーカー、化石、火打石、割れないシャボン玉など謎なものが売っていて楽しいのですが、あれも雑貨ですね。決して安くはないのに、その不思議な「雑貨」の中に流れるストーリーに惹かれてしまい、つい買ってしまいます。

松井:いいマーケティングとは、少しでも「高く売る」こと。「雑貨」ってたいして価値がないと普通の人が思うモノに値段をつけて販売する商売です。便利な現代において、火打石はほぼ価値はないはず。いらない人がたくさんいる中で、ある人にとってはその火打石が持つストーリーが刺さって購入してしまう。
エスニック、和雑貨、ヨーロピアン、科学系、長谷川さんは「キッチュ」なものが得意でしたが、それらまったく角度が異なるモノをすべて「雑貨」の一言にひっくるめてしまっているんです。それで通じてしまうんです。

宮沢:そう考えると、なんだか夢がありますね。
雑貨に限らず、新しい価値をつくりだしたとき、どこまで広がるかわからないところが楽しいですね。

松井:マーケティング・リサーチも同じですよね。データに対する解釈の違い、モノに対する解釈の違いを見出す作業です。そして、この「解釈」こそ、人工知能(AI)が一番苦手とするところはないでしょうか。クリエイティブな主観としての解釈をどう出していくのかが、腕の見せ所です。

宮沢:ビックデータやAIを使って過去のデータをどんどん分析していく中で、新しいものが見つかるかもしれません。ですが、マーケティング・リサーチ会社の「結果を解釈して、その中から今はまだ言葉になっていないもの、目に見えていないもの、今は無いカテゴリーなどの新しいものを生み出す」というのは人間にしかできないことかもしれませんね。

企画者からの一言

対談インタビュー第4回、いかがでしたでしょうか。今回は弊社が当時新手法であった「MROC」の可能性を探索していく中でご一緒させて頂いた松井教授に、欲望が言語化されることで、課題や解決法にライトが当たり、実際の消費にも影響があるということをお話しいただきました。「結果をどう解釈するか?」ここが我々の腕の見せ所でもあり、今後も力を入れていきたいところだと感じました。

また、松井教授が書かれたご著書がこの9月に発売予定だそうです。この対談で関心を持たれた方は、ぜひご一読頂ければ…と思います。

【いまさら聞けないマーケティングの基本のはなし】
 松井剛 著 河出書房新社 (発売予定日:2018/9/20)

第5回は調査の発注側であり、分析者でもある方への対談インタビューを予定しております。ご期待ください。