JMAの50周年事業として、過去5回にわたって様々な業界の方との対談を行ってきましたが、今回の第6弾で最終回。最後を締めくくるのは、元JMA社員であり、現在はハルメク生きかた上手研究所所長の梅津順江さん。変化するシニア市場をテーマに、高齢者のリアルな生活意識・実態や今後のトレンド変化等についてお話を伺いました。さらに、梅津さんのJMA在籍当時にまで話は及び、楽しい対談となりました。
出席者:梅津 順江さん、澁野 一彦
Profile
梅津 順江
大学卒業後、ジュジュ化粧品株式会社(現・小林製薬株式会社)で商品開発やマーケティング業務を7年間経て、株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシーに入社。定性調査のモデレーター・分析者として14年半、数多くのプロジェクトに携わる。2016年3月から現職。主に50歳以上のシニアを対象にインタビューや取材、ワークショップを行い、誌面づくり・商品開発・広告制作に役立てている。著書に「この1冊ですべてわかる 心理マーケティングの基本」(日本実業出版社)などがある。毎日新聞「経済プレミア」、プレジデントオンライン、ハルメクWEBにて連載中。
株式会社ハルメクホールディングス 生きかた上手研究所所長
澁野 一彦
長年にわたり食品、飲料、日用雑貨をはじめ多数の製品開発のためのマーケティング・リサーチ及びコンサルティング経験を有し、1999 年~2013年まで弊社代表取締役に就任。現在は東京都福祉サービス第三者評価(評価者)、シニア・介護分野の研究に携わり、施設訪問や介護の現場を観察するような調査も豊富な知見を持つ。弊社メールマガジンの「JMAマーケティングコラム」にてシニア関連記事を執筆中。
株式会社ジャパン・マーケティング・エージェンシー 取締役フェロー
知的好奇心が強く、
社交性のある行動派が読者層の『ハルメク』
澁野:人口の高齢シフトが進み、人生90年、100年とも言われている現在。ロングライフの人生デザインが必要になっています。JMAは以前からシニア・ターゲットに着目し、施設訪問や介護の現場を見るようなリサーチも数多く行い、独自の調査研究を続けてきました。
シニアがターゲットである『ハルメク』を通して見えるシニア像を教えてください。
梅津:シニア女性誌『ハルメク』は書店では売っておらず、自宅に配送される定期購読のみで22万部※。雑誌不況の中、発行数が伸びています。また、雑誌以外の通信販売や旅行・イベント、店舗などのサービスを展開してシニア女性の暮らしを丸ごと応援しています。収益の柱である通信販売では、ファッション、コスメ、暮らし、健康食品、食品、インナー、ヘルスケアなど、広範囲な領域を扱っています。※2018年11月号
澁野:ハルメク生きかた上手研究所の役割はどのようなものですか?
梅津:当研究所は、雑誌のコンテンツ開発や広告制作、通販の商品開発など、全部署と関わっています。雑誌では、スマホや年金、健康、おしゃれなどの定番企画に加え、夫婦関係や介護など、新しいテーマにも挑戦しています。そのため、読者のニーズや変化を探る必要があります。
毎月行っている「読者満足度調査」のほか、読者や潜在顧客にお会いして、どんなことに悩んでいるのか、求めているのか、何を知りたいのかといったニーズを探っています。その点に関してはJMAにいた頃と変わらないのですが、具体的なリッチコンテンツや商品開発に結びつけないといけない点は難しいですね。
澁野:そこが事業会社とマーケティング・リサーチ会社の違いと言われていますよね。読者層についても教えてください。
梅津:女性が97%を占め、50代~70代の方がメインです。定期購読誌なので活字を読むのが好きで、好奇心旺盛です。普段の生活を心身ともに豊かにするために、旅行やイベントにも積極的に参加して社会と関わりたいと思っている方も多いですね。丁寧な暮らしをされていて、しっかりとした自分の考えを分かりやすく伝えてくれます。外見も、きちんとされていておしゃれですし、所作もさりげなくて美しい。私は下の世代ですが、憧れてしまう素敵な女性がたくさんいます。
「長生きしたらどうしよう」に
含まれるシニアの深い悩み
澁野:団塊世代があと数年で、後期高齢者と呼ばれる75歳以上になり、高齢者のさらなる高齢化が進んでいます。日本人の平均寿命は、男性81歳、女性87歳と過去最高を更新(2018年7月)し、一昔前に立てていた人生設計を変えていかなくてはならない時代と言っていいでしょう。
重要なのは自由に動ける「健康寿命」ではありますが、単純に計算しても定年後15~20年は時間があるわけです。定年後は「余生」なんて言われていましたが、もう「余生」とは言っていられません。
そんな現代のシニアは、少し前のシニアと変わってきていますか?
梅津:変わってきていますね。長生きの時代になってから、変化が起きていると感じています。大きく変化しているのは、尺度、区分、人口構成の3つです。
まずは尺度の変化です。最近、読者からよく聞くのは「長生きしちゃったらどうしよう」という言葉なんです。その言葉の裏にある一番の不安は、年金だけで暮らしていけるのか、貯金が足りるのかという問題です。
澁野:JMAで2018年6月『日本の未来を考える調査(自主調査)』をしたときに、再生医療などにより今以上の長寿を期待するか聞いたのですが、最も多かった回答は「今の寿命で十分」というものでした。
梅津:「長生きしちゃったらどうしよう」と同じですね。今、保険は90歳を超えても入れるんですよ。医療保険も死亡保険も入れ、何歳まで申し込めるかを競っているような状態です。人生100年時代に合わせて、商品やサービスも変わってきているんです。
次に区分ですが、以前のような「60歳、65歳で定年。その後は悠々自適な生活」といった区切りが曖昧になりました。
澁野:定年も延びているし、企業によっても異なりますからね。
梅津:昔は、学生時代を経て就職し、女性ならその間に結婚、出産があって、夫が定年退職したら世界一周に行く、といったライフイベントで区切られるお決まりのパターンがありました。でも今は、その境目がなくなっているんです。例えば、70代になってから親の介護が始まる、定年後の夫と家に居たくないので妻が働きに出るといったことも起きています。定年後に夫婦2人でゆったりした生活とはなりません。60代では「終活を考えています」「断捨離をはじめました」という話はあまり聞こえてきません。区切りがついたと思っても、次のステージが控えていて、いつまでも引退できない感覚があるのです。
澁野:それは経済的な理由もありますね?
梅津:経済面の不安は常に抱えているのでしょうが、この場合は現役や引退という概念自体が薄まってきているためだと思います。これに、共働きの子どもたち夫婦を助けるための「孫育て」が加わります。「孫育て」にはおじいちゃんも駆り出されますから、女性も男性も引退ができないんです。さらに、結婚していない息子がいたりすると、子供の世話も続きます。70代の女性が40歳の息子のお弁当をつくっているなんて話はよくあることなんです。ついには、「ひ孫の面倒まで見なきゃいけないんじゃないか」と本気で心配している方もいます。
澁野:少し前の60代、特に女性は海外旅行をゆったりと楽しんでいましたが、今は違うんですね。
梅津:行くのは日帰りか1泊2日の小旅行ばかりですね。『ハルメク』ではイベントも企画・開催していますが、少し前まではイギリスに1ヶ月の語学留学をする企画が大人気だったんです。今でも根強い人気はありますが、それよりも「たてもの散歩」や「草花散歩」のような企画のほうが、圧倒的に人気があります。あとは、ちょっとした夜遊びができるイベントですね。特に「屋形船」が人気です。とはいえ、遅いと眠くなってしまうので、16時集合、20時解散と、夜遊びというよりは夕遊びですが(笑)。
澁野:我々男性も60代になると急に同窓会が増えるんですが、集まる時間は15時で、最初スーパ-銭湯から始まります(笑)。
梅津:屋形船の企画は男性の参加率が高いんですよ。妻が夫を誘うんです。他のイベントは女性同士が多いのですが、屋形船はちょっとしたときめきがあるんでしょうね。そのうえ女性にとっては食事を作らなくてよく、4時間程度とほどよい長さがヒットした理由かもしれません。 手をつないでいるご夫婦もいらっしゃいますよ。
娘、息子、下の世代に
迷惑をかけたくない親世代のシニア
梅津:最後に人口構成の変化ですが、子どもの数が少ないので、子ども世代の役に立ちたいという気持ちがあるようです。ハルメク誌で扱った無料や格安で子どもに夕飯などを食べさせる「子ども食堂」の記事は反響が大きかったですね。
澁野:「子ども食堂」はシニアが運営している例も多いし、ボランティアとして関われますね。この活動は、世代間交流につながるのでしょうか。
梅津:シニアはリアルな交流を求めていますね。ですので『ハルメク』では、イベントや習い事、企画などを通して、読者同士の横のつながりをつくれる仕掛けを心がけています。
世代を超えた交流にはやや遠慮がみられます。下の世代に対する配慮としてよく挙がるのが自分たちの介護です。読者は自分の80~90歳になる親の介護をしている世代なのですが、自分は子ども、この場合は娘、息子に迷惑をかけたくないという声が多いです。
澁野:終活はそこにもつながるんですね?
梅津:終活に関しては、男女とも「口座や保険の整理・見直し」といった金銭的な終活への関心は高いです。性別では、男性はお葬式やお墓の準備といった「死後の準備」にお金をかける傾向がありますが、女性の興味は断捨離に代表される「生前整理」。女性からは「どんなお葬式やお墓にしましょうか」といった話はほとんど聞きません。
その理由が、「まだまだ先のこと」という尺度の変化が関係しているのでしょうね。面白いです。ただ、「墓じまい」には興味があります。今後、管理してくれる人がいなかったり、子どもが大変だろうから、「自分たちの代でお墓をしまいましょう」と考えています。
終活には、「死後の準備」だけでなく、「生前整理」もあります。「終活」はより多様で広域になったのかもしれません。
夫婦仲は1割強 が不満、でも離婚は・・・
澁野:先ほどの屋形船で思い出したけど、知り合いに、普段家庭間で話をほとんどしないから、年賀はがきを出し合っている夫婦がいます。
夫がいつも以上に家にいると、妻はストレスを感じると聞きますが…。
梅津:今年に入って60,70代の男女に「配偶者との関係に満足していますか?」という質問を投げかけました。6割以上が夫婦仲に満足しているなか、1割強が不満足と答えました。2割は「どちらともいえない」という中立でした。
澁野:以前、熟年離婚が話題になりましたね。ただ、離婚数のピークは2002年で約29万件。2017年は21万件と減っているんですよね。この中にどのくらい「熟年離婚」があるのかはわかりませんが。
梅津:離婚数が減ったのはお金の問題でしょう。女性は夫の方が年金が高いという経済的な理由で、離婚に踏み切れないんですよ。そのため、残りの婚姻生活を続けていくために何とか夫と折り合いをつける方法を紹介してくださいというリクエストを読者からたまにいただきます。
澁野:男女ともに、お互いに不満があるのかな?
梅津:不満があるとしたら、お金に対する認識の違いが大きいのではないでしょうか。私が伺った女性の例では、夫の借金が発覚して、それを妻の親の遺産で払ったのにお礼を言ってくれないといった話でした。男性側のお金の不満は、年金ですかね。自分の年金は自分のものと思っているのに、なぜ給料同様に奥さんに渡さないといけないのかと不満を感じているという話を聞いたことがあります。
澁野:年金は個人に支払われるものだから、自分のものだという認識なんですね。でも、これまで家計の管理は妻がしていたから、妻としてはもらうのが当然と思っているという…。ただ、女性はへそくりがありますよね(笑)
梅津:先ほどの調査には続きがありまして、夫婦間が不仲のグループの女性が、一番へそくり額が多かったんです。全体の平均が436万円だったのですが、不仲夫婦の妻の平均へそくり額は898万円。1000万円近くいざというときのためにこっそりため込んでいるのです。
あと、不仲夫婦の共通項として、偶然かもしれませんが、ペットを飼っている人が多かったです。ペットの存在が夫婦関係をつなぎとめていたのです。
シニアのスマホ所有率が急増するも
使いこなしは、まだまだ
澁野:スマホの利用については、最近のシニアはどうでしょうか。
梅津:この1年で読者のスマホ所有率が30ポイント上昇。今では67%が所有しています。シニアのスマホバブル到来ですね。ただ、あくまでも「持っている」だけです。「使いこなしている」のとは別です。
澁野:何をもって使いこなしていることになるんでしょう?
梅津:あくまでも自己申告ですが、使いこなせている人も使いこなせていない人も使っているのはLINE(≒メール) 、写真、検索、 電話の4つ。使いこなしていると思っている人は、これに「動画・音楽の視聴」「ゲーム」「Facebook」 が加わります。
澁野:スマホは今後、もっと普及していくでしょうね。
梅津:つい最近、スマホの調査結果が揃ったのですが、前回より使いこなしている人が増えるなど、調査のたびに新しい結果が出てきます。1~2ヶ月で調査結果がどんどん変化していくので、目が離せない領域ですね。
澁野:スマホでの決裁はどうでしょうか。特に『ハルメク』にはECサイトがありますよね。
梅津:ECショッピングは、興味はあるけれど騙されるんじゃないかという不安があるようで、なかなか利用率が上がりません。未だに電話やファクスでの注文が多いのが実情です。
澁野:シニアのEC利用はブルー・オーシャンと期待されていますが、まだ難しそうですね。
梅津:シニアの変化しないところと、変化していくところを見極めて、それぞれをターゲティングしていく必要がありますね。
澁野:ただ、今後ITリテラシーのあるシニアは増えていきますよね?
梅津:ITリテラシーにあたるのかはわかりませんが、「私たちは騙される世代」という認識はあるので、ちょっとでも怪しいものには反応しません。お得情報への関心は高いのですが、新しいだけでは反応は薄いのです。
スマホで言えば、今後増えていくのは「使いこなしているつもり派」だと思います。最低限の機能が使えればいいという中庸な人が増えていくと予測しているので、現段階では私たちはそこに向けてコンテンツや商品、サービスを作っています。
澁野:アクティブ・シニアなのか、リアル・シニアなのかわからないけど、シニアの再定義は必要ですね。
梅津:行動派の方を集めてインタビューしたんですが、今後をたずねた時に「1週間以上先のことは考えないようにしている」との答えが返ってきました。人生100年時代になり、70歳でも「将来」のお金を心配しなくてはならない今、1週間以上先のことは考えないようにしているかもしれません。行動派であっても瞬間的な消費には積極的ですが、先への投資は逆に心配になってしまうので考えたくないのかもしれません。
澁野:アクティブ・シニアに代わる、例えば“等身大シニア”とか今のシニアを表現できる言葉が欲しいですね。
例えるならブルドーザー。
「あなたの後ろに道ができている」
澁野:話は梅津さんご自身のことになりますが、梅津さんが当社に在籍していた当時は、次々に新しいことにチャレンジしていましたね。あなたのおかげで、JMAはワークショップやMROC(エムロック)などを始めました。ワークショップは今でも行っていますよ。
梅津:当時は夢中でしたから、楽しかったですね。
JMAには14年間半おりまして、マーケティングの基本を叩き込まれました。澁野さんや今井さんから教わったことはとても大きく、それが今の私をつくる血液になっています。
澁野:それは、創業者である小嶋社長のDNAが継続しているんだと思います。実を言うと、私が社長をしていた当時、当社で育った人たちが退職していくことが残念でなりませんでした。でも今、JMAを飛び出してバリバリ活躍している人たちを見ると、それはある意味誇らしいことなんだと気付きました。
梅津:JMAでは、お客様の真のニーズに対する向き合い方や、「この数値は本当なのか」と疑い、別の視点を持つ必要性などを学びました。表層的なニーズではなく、その根底にある生活背景や本質を知る深さを学んだことが今の仕事の基礎となっています。
澁野:久々にお会いして感じたのは、当時と変わっていないってことですね。面倒な調査でも周りを巻き込んで進めていってしまうバイタリティがありました。ブルドーザーみたいな人ですよ(笑)。あなたの後ろに道ができています。これからも、その調子で頑張っていってください。
企画者からの一言
今回は2016年まで定性調査モデレーターとして最前線で活躍していた梅津さんにご登場いただき、長年シニア・介護分野のエキスパートである澁野との対談を実施しました。
へそくりの背景にある複雑な夫婦関係、子供・孫世代への想い、避けて通れない“お金”の問題…日々1人ひとりの人間と向き合っている梅津さんの洞察には、数多くの新たな気づきがありました。
人生の区分が曖昧になっている今、年齢だけで「シニア」とグルーピングする考え方自体がもはや通用しないのかもしれません。難しい、分からない、だからこそ面白い! 100年を生きる人の心を探り、まだ誰も知らない未来を見つけるために、私たちはこれからも挑戦を続けます。